麦わら帽子2018年9月26日
前回はゲストさんがお越しだったので 以前用意した構成をアレンジして 放送しました
オープニング
ホコテン終了
有機JAS
レスキュー隊
農村社会学
会議短縮
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猫が来た
自然栽培に移行してから ネズミがどんどん増えて すごい状態に 栽培すればするほど 繁殖環境を整えているような錯覚に陥ります
ハウス土壌は ネズミのトンネル掘りに適した土壌 冬は地温が高いし たくさん集まってきて繁殖してます
良い猫が居れば と思うのですが なかなか巡り会えず 先日 麦音産直会で 同日登板のスミスさん 迷い猫が家族で来て というので ほしいですと 伝えて ご快諾をいただき 昨日我が家にやってきました
生後4ヶ月 子猫ちゃんのメスです 寂しがり屋で 甘えたですが 朝夕様子を見ながら 一人で過ごせるように 気を使ってます
昨日は来てそうそう ネズミを捕って 見せてくれました やるじゃあないか と ワタシ 何かいい名前をつけなくては と 現在考えチウです
動物を飼うのは ムスメの うさぎと 金華鳥 以来で 気を使いますね
昼前に さくらちゃんご一家が来てくれて さくらちゃんに なんか名前つけてよ とお願いしたら ミル になりました 一件落着 人が大勢来たので 喜んではしゃいでましたが 早速ネズミを捕って見せて 眼の前で 転がして どうや!! と言わんばかり とても頼もしい 家族になりそうです
ネズミ本丸の 二号ハウス こちらは ハタネズミではなくて クマネズミのメッカ ミルと同じぐらいの大きさがあるネズミも 居そうなので しばらくは トレーニングを積んで 自信をつけてから 二号ハウス詣でします たくましく 女戦士 アマゾネス になってくれるか 見た目 ずいぶんとキャシャなんですけど
2018 芋掘り チト進化
通常 政府干渉品 3品 4品 を栽培すると 輪作体系というものがあり 大体 芋のあとは小麦と言うのが一般的です 小麦を蒔く都合があるので 急いで収穫を終わらせなければなりませんから 多少畑が湿気っていても 敢行 することがありますが うちは急ぐ必要が無いので ゆっくりとのんびりやらせてもらっています
自然栽培の先生は 芋も連作数十年されて 連作障害は存在しません と言い切られ 素晴らしいお芋を栽培されていました
うちも 連作を10年以上 続けて やっています 今まで 病気など 問題が起きたこともありませんが・・・
比較的 じゃがいもの茎葉が早くに枯れてしまうので 枯れると 今まで我慢していた草が 一気に 伸びてきます それも 収穫のじゃまになる 草勢の強い品種が多く ストローチョッパーで 上部を粉砕して 収穫機を導入するための 道をカルチなどを使って 下処理しないと 収穫を始めることができません
今年は 草勢のゆるい 優しい草で 芋畑が覆われ チョッパー処理が不要となりました ハコベなどの草です あれ おかしいぞ どうしたのだろうか??
例年通りの栽培です 違うのは一点だけ 光合成菌の散布量を増やしただけ 二百メーターで6リッターです 収穫量は 予想 2トン 面積は 一反 株間は60センチ なので まずまずでしょうか
菌液散布を体系に取り入れて 多くのことが改善されて来ています じゃがいもも どうやら それに乗じた様子
ならば 来年は 更に 菌液を大量に培養して ストックして 使用するか ということに なりそうですが 楽しみです~
農村社会学者さん
1995年 帯広市が 十勝ふるさと農学校 農業塾 NEW門塾を開講 第一期生 応募が300名超え 全国各地から エントリーがあり 運よく選考で 弟と二人 30名に入れていただき そのご縁で 十勝に越させていただきました
塾頭は市長さん 塾長が 小松光一先生でした 入塾式では 塾生代表挨拶をさせていただき 挨拶と言われていたのに 登壇するとき 司会の 市の職員M川さんが 誓いの言葉 と言われて 挨拶のメモ紙 しまいこんで 市長と塾長に向いて 皆に背中を向けて 相談しているお二人に誓いの言葉を述べたこと 思い出しました 担当のT賀さんに 書いていた紙をしまいこんだこと 指摘されましたなあ そんなT賀さんと 23年後 一緒に仕事をやらせてもらってます なんと不思議なご縁でしょうか
塾長は あなた方は これからの二年間 農業について 悩むための期間を過ごします と 冒頭挨拶をされ カリキュラムは 技術的なこと 就農するための具体的な方策は 一切触れず 農についての世界観を 二年 教わりました
農村社会学 聞き慣れない言葉です 失礼にも そのような学問があるのですか と 言ってしまい キミ 馬鹿なこと言っちゃいかんよ と たしなめられた事がありました
完全型社会は 明治期前の農村社会でした 文化 生活 経済 食料 教育 子育て 冠婚葬祭 すべてが完結された社会です 農村社会を学べば 本来の生き方を知る指針となる訳ですね 国体や 倫理観も全て此処にあります
保田與重郎の世界 それも此処にあり 新右翼と言われるの歴史を見れば見るほど 揺るがない 完成社会が存在し 政治や 革命や 武力闘争が 無意味なものとなってしまいます
痛烈に 農村社会学を学びたい そんな欲求がムクッムクと 湧いてきてます
できれば 小松先生と お会いして お話を伺いたい そんな気分です 23年経って 百姓になり 農村社会のことを学びたい そんな心境に なっています 先生は 偉大な方だと 今になって強く思うのでありました
先生のご紹介 ウィキより
小松光一(こまつ こういち、1943年11月20日[1]- )は、日本の農学者、農業教育者。
北海道空知郡上砂川町生れ。1966年千葉大学文理学部社会科学科卒業後、千葉県農村中堅青年養成所、改組により千葉県立農業大学校教官、1995年おびひろ農業塾塾長。大地を守る会、宮城県角田市農業振興公社顧問。
著書
『若きドンファーマへのメッセージ』農山漁村文化協会 1980
『私の青年団改造論 若きカントリーヒーローへのメッセージ』日本青年団協議会 1983
『宇宙の創り方教えます 広場と祭りの青年論』富民協会 1987
『おもしろ農民への招待状 農業近代化が終わりおもしろ農民がやってきた?』農山漁村文化協会 1988
『ヒト,ムラ,マツリの地域論 地域の自立と祝祭』二期出版 1989
『農業がおもしろくなる本 人間の命と農業問題』ポプラ社教養文庫 1990
『進化に向う日本農業』家の光協会 1997
『北タイ焼畑の村 天地有情』橋本紘二写真 三一書房 1998
『クリヤーの山 タイ・山岳少数民族の暮らし』橋本紘二写真 農山漁村文化協会 人間選書 1981
『自給と産直で地域をつくる 個性化する日本とアジアの農業』農山漁村文化協会 2004
麦わら帽子2018年9月12日
今回は 農業塾 第一期同期の友人の紹介で ゲストさんが来られました
友人は 低糖スイーツ を作っているのですが そのつながりで
うしおだ健康クリニック 院長さんが 来られました
今回は初回ということで ご紹介 糖尿病について など お話を聞かせていただきました
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ホコテン クローズ 2018
最終回 クローズ思い出写真集 です
年明けから 準備期間を経て スタートが6月 三ヶ月12回を開催し 9月9日閉会しました
ホコテン理念
ボランティアの心得
街に賑わいを と 運営側として たずさわってきました
終わってみれば やるべきことは 人とのつながり 会話 おもいやり 協力 共同作業 居場所 どれも 物ではなく 気持ちであったのかと 気持ちの作り方 良い気をそこに生み出すこと それに尽きるのではと 思うのでありました
運営スタッフ 渉外 マネジャ 頭脳 三名居ますが 頭脳さん 毎回朝礼で 言われる言葉が 回を追うごとに 洗練されて 感動します
究極は
「私達は ボランティアで運営に携わらせていただいております 来ていただいた イベンター 参加者 ボランティアの 皆様も 同じボランティアでございます 限られた人員では 協力なくして運営は不可能でございます それぞれの設営もあろうかと思いますが 皆で一緒に 開催に向けて 設営作業をやってまいりましょう」 と言われていました
阪神・淡路大震災のときに レスキューが 不足して 倒壊家屋でレスキュー待ちの方が 「助けて!!」 その時 レスキューは 「私が瓦を除けるのも あなたが除けるのも 同じです さあ一緒にやりましょう」 少し似ているなあと 思いました
思い出せば 沢山の出来事が 詰まってますが 多くのことを経験させていただいて 来ていただいた方 ボランティアの皆さん 委員会の仲間に 心より感謝です ありがとうございます
年明けから 準備期間を経て スタートが6月 三ヶ月12回を開催し 9月9日閉会しました
ホコテン理念
ボランティアの心得
街に賑わいを と 運営側として たずさわってきました
終わってみれば やるべきことは 人とのつながり 会話 おもいやり 協力 共同作業 居場所 どれも 物ではなく 気持ちであったのかと 気持ちの作り方 良い気をそこに生み出すこと それに尽きるのではと 思うのでありました
運営スタッフ 渉外 マネジャ 頭脳 三名居ますが 頭脳さん 毎回朝礼で 言われる言葉が 回を追うごとに 洗練されて 感動します
究極は
「私達は ボランティアで運営に携わらせていただいております 来ていただいた イベンター 参加者 ボランティアの 皆様も 同じボランティアでございます 限られた人員では 協力なくして運営は不可能でございます それぞれの設営もあろうかと思いますが 皆で一緒に 開催に向けて 設営作業をやってまいりましょう」 と言われていました
阪神・淡路大震災のときに レスキューが 不足して 倒壊家屋でレスキュー待ちの方が 「助けて!!」 その時 レスキューは 「私が瓦を除けるのも あなたが除けるのも 同じです さあ一緒にやりましょう」 少し似ているなあと 思いました
思い出せば 沢山の出来事が 詰まってますが 多くのことを経験させていただいて 来ていただいた方 ボランティアの皆さん 委員会の仲間に 心より感謝です ありがとうございます